41回目となりました。
今までに乗った列車や電車のなかで一番好きな車両は何だろう、と最近ふと考えたことがありました。
私鉄だと、先日こちらでも書きましたが京阪特急の3000系という車両です。これは沿線に住む者として宿命?みたいなもので、幼いころから憧れの存在でした。
京阪特急は自分のなかでもすぐ出てきたのですが、国鉄やJRとなると、思い出が多すぎてなかなか絞りきれません。
国鉄末期がちょうど幼少・青年期にあたっていたので、国鉄時代の車両以外には候補にあがってこなかったのですが、それでも10くらいの候補があって1つを選ぶのが困難でした。
そんななかから、1つだけ選んでみました。
それが、50系という国鉄末期の赤い客車です。
戦後長い間、日本全国の普通列車(「鈍行列車」と呼ばれていた列車)は、ドアを開いたままで走る茶色や青色の「旧型客車」と呼ばれる古い客車が主体だったのですが、出入口のドアを開けたままで走るのは危険だし、老朽化もひどかったので、新しく作られたのがこの50系客車です。
1977(昭和52)年から製造され始め、一気に全国津々浦々の路線に導入されたものの、20年も経たない1996(平成8)年には全廃されてしまうという悲運の車両でした。安く作ってすぐに車両を置き換える方針のJR東日本でさえ真似できないくらいの短命ぶりです。
一部の車両は色んな改造が施されて残ってはいますが、本来の普通列車用としては1996年を最後に全国からあっという間に消されてしまいました。
なんでこの車両が好きなのか考えてみると、これが私の鉄道旅行の原点といえる存在だったからです。
「青春18きっぷ」を使って旅をするようになった1980年中盤から後半は、ちょうど赤い50系客車の全盛期。全国どこへ行ってもこの客車を使った普通列車ばかりでした。
西の山陰本線や四国各線、九州のローカル線、東北では東北本線をはじめ、奥羽、羽越といった長距離移動に欠かせない路線に、赤い列車がひしめいていたのです。
青い直角のボックスシートと、国鉄マークが付いた扇風機だけがグルグル回る車内は空いていて、前の座席に足を投げ出し、窓を全開にして風を浴びながら、ひたすら北や西を目指して乗り続ける......。列車が動き出すとガクンと揺れ、走り出すと線路を打つタタンタタンという心地よいリズムを刻みながらも、すぐに停まって、また、ガクンと揺れて動き始める。それが何時間も続く。
お金はなかったけど、時間だけは嫌というほど余っていた頃の思い出が詰まった客車です。
そんな赤い客車の普通列車も1990年代になると、機関車の付け替えが非効率であり、冷房設備さえさえもないという理由で、電車やディーゼルカーに次々と置き換えられました。東北に至っては、赤い大好きな客車から、何の面白さもない都会のようなロングシート車が導入されるという悪夢のような現状が今も続いています。
もう日本のどこにもないのだろうな、と思っていたら、どうやら栃木県の第三セクター・真岡鉄道に色を塗り替えられてはいるものの、ほぼ原形をとどめた形でSL用客車として残っていたようです。
イベントSL列車にはあまり興味が湧かないのですが、50系客車に乗れるのなら悪くはなさそうです。少しだけあのころの旅を思い出せるのか、それとも悲しくなるのか、いずれにせよ行ってみたいと企んでいます。
※赤い50系客車とDD51などのディーゼル機関車の組み合わせが一番好きでした。こんな列車で旅ができるのなら「18きっぷ」に10万円くらい払ってもいい、などと今思ってしまいます。