ずっと憧れの偉大なる京阪特急

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 今日で連続更新29日目となりました。
 大阪と京都を結ぶ私鉄の「京阪電車」では、ついに旧型の特急電車を廃止することが今月発表されました。

 この電車は3000系(現在は8000系30番台と称しているそうです)という形式で、今から20年ほど前に大半が廃車されたり、富山地方鉄道や大井川鉄道に売り飛ばされたりしたものの、1編成だけ残っていました。
 今走っている京阪の特急電車と同様に2階建て車もあり、座席など内部は同じであるものの、外見が少し雰囲気が違うと思います。これは旧型車を新型車並みに改造して使ってきたためです。

 1971(昭和46)年から1973(昭和48)年にかけて作られたこの特急電車は、当時は車内にテレビがついていることから、テレビカーなどと呼ばれたりもしていました。今やテレビなど何も珍しくはないですが、当時は電車内でテレビ放送が見られるのは全国で唯一であり、野球中継がある時はテレビのある車両だけが混んでいたのを思い出します。今回廃車となるのは元祖「テレビカー」といえる存在です。

 京阪の特急に一度でも乗られた方は分かると思うのですが、とにかく今も昔も「特急」という種別の列車を「神聖視」しているようなところがあります。
 特急料金がいるわけでもなく、一般の列車と変わりないはずなのですが、車内は2人掛けの自動転換式クロスシートが当たり前のようにあり、テレビをつけてみたり、電話ボックスをつけたり、1995年からは2階建て車両(もちろん料金無料)まで連結してしまっています。つり革や吊り広告といった通勤電車的なものは一切なく、トイレさえあればJRの中距離特急として使っても何の問題もないくらいの設備と風格を備えています。

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 1990年代初めまでは、大阪の京橋を出ると、京都の七条までにある30数駅には一切停まらないという徹底ぶりで、大阪と京都を移動する客以外は乗れないようになっていました。国鉄やJRの新快速列車、阪急電車の特急に対抗する意図もあったのでしょう。
 途中駅に住む私などは、指をくわえて、特急電車が高速で通過していくのをただ眺めているしかない状況。幼少時からそんな状況が続いたせいで、今でも京阪特急には憧れさえ抱いてしまう有様です(ゆえにこんな長々と書いてしまっています)。

 そんな京阪特急も人口減少による利用者減には勝てず、いつの間にか途中駅に停まるようになったり、一般の車両で走るようになったり、かつての地位が低下する一方です。

 そして今回、京阪特急の黄金時代を支えた車両がついに廃車されることになりました。
 もう長い間頑張ったのだからいいじゃないか、とも思うのですが、よく考えてみると、廃車される電車が自分と同じ年齢だということに気づき、悲しい気分がさらに増してきたように思います。

※写真上は京阪電車が開設した特別サイト。わざわざこんなサイトを作るくらいなので、いかに特急電車を大切にしているか、また、地元に愛されて(憧れて?)きたかが分かると思います。
※写真下は1987年ごろの京都・五条駅を通過する京阪特急(3000系)。まだ七条~三条間が地上を走っていたころです。車窓に鴨川が見えると、ああ、京都へ来たな、と思ったものですが、今や地下化されて何も見えません。