JR東日本の株主総会で見た「国鉄」の残像

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 11日目となりました。
 毎年6月は日本の多くの上場企業が株主総会を開く月です。そんななか今日、日本一(世界一?)の規模を誇る鉄道会社で、東証一部上場企業でもあるJR東日本も、都内のホテルで株主総会を開催。その様子を見る機会に恵まれました。

 総会では、JR東日本経営者(取締役会)側から、剰余金の配当は1株55円(中間配当を含め年間110円)とすることや清野智前社長ら取締役20名を選任する件、役員26名と監査役5名に計1億612万余の賞与を支出する(常勤の取締役1人あたりにすると約500万)こと、取締役の報酬額を月額7000万以内(月収にすると1人当たり390万円程度)など6つの議案が出されました。
 採決の結果、会場に参加していた株主による「賛成」などの発声や拍手に対し、議長である冨田哲郎社長が目視によって「賛成多数」と判断し、可決されました。

 一方、株主側からは、1人の株主(議決権数305=3万500株所有=時価1億4600万円相当所有)から「新入社員の医師法遵守注視の件」など5つの議案が出され、これは「反対多数」で否決。別の株主206名(議決権数315)から共同で「復興計画承認第三者委員会設置の件」「コンプライアンス監視特別委員会の設置」「取締役解任の件」「役員報酬減額の件」など9議案が出され、こちらも「反対多数」で否決となりました。

※議案にご興味のある方は同社サイトのこちらにあります[PDFファイルです]
※ちなみに議決権は100株(1株4800円で計算して100株で48万円)につき1つが付与されます。株主から議案を提案するには300(3万株)以上の議決権が必要となっています。

 このほか、議長(冨田社長)の議事進行に反発した一部株主から、議長の不信任動議が出されました(一部株主の発言に対し、議長が「不信任動議」として受け止め採決にかけた)が、こちらも「反対多数」で否決されています。

 今回で25回目となるJR東日本の総会、一言で言うと、荒れていて、どこか異様な雰囲気がありました。

 会場のホテル(ニューオータニですが)周辺にはやたらと警備員や社員の姿がありましたし、総会会場となったホテルの1000名以上入れる宴会場では、前方2列だけは左右の隙間が一切ないように「万里の長城」のごとく椅子が並べられ、一席の余地もなく人で埋まっていました。後方の席はいくらでも空いているのに前方2列のみ満席なのです。さらにその前には何の美しさも感じられないようなプランターまで設置。この「壁」でいかなる者も絶対に壇上へは近づけないぞ!という執念を感じるような設営の工夫が見られました。
 また、壇上に並ぶ取締役は、首から上がかろうじて見えるくらいの高い机が左右隙間なく覆われていて、こちらも万全の防御体制です(左上写真参照)。
 加えて、客席の方に向けられたカメラが左右大型モニターの高い位置の目立たない場所に設置され、常に客席を映して(記録?監視?)いました(確認できただけで4つ以上ありました=右下写真の画面の黒い左右上部にうっすら見える)。

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 総会開始後はすぐに、そこかしこで立ち上がった「株主」から「動議!」「ドウギだ議長!!」などと声が上がり(だいたいおじいさんに近いおじさん風、古い時代の組合関係者っぽく見える)、その度に同社社員だとみられる若手係員が声の主の周りを5~6人で取り囲む物々しい雰囲気です。

 一方、前二列に(窮屈そうに)詰められた「株主」は、議事内容にはあまり関心なさそうなのに、採決の時だけは急に覚醒したかのごとく、「賛成ぇー!」「反対ィー!」などと大きな声で発声。拍手をする姿などは訓練されたかのような雰囲気さえありました。
 ちなみにJR東日本の「大株主」の3位は社員持株会(3.3%)だそうです(1位と2位は信託銀行)から、そうした人々かもしれません。

 結局、総会は10時から3時間半にわたって行われました。JR東日本の経営状態が極めて良好で、問題となる議案が見当たらない割には、かなり長い総会だと思うのですが、これは一部株主の提案した議案の審議に多くの時間が費やされていたためです。

 多数の株(時価1億4600万円相当)を持つ1人の株主による議案「新入社員の医師法遵守注視の件」など5つは、JR東日本の子会社である「ルミネ」などにテナントとして入っているコンタクトレンズ店(JR東によると30店近くあるそうです)に対し、「医師法違反」の有無を自ら確認し、朝日新聞やNHKにも「お知らせ」せよ、といった要旨。しかし、提案内容を読んでもいまいち何が目的なのかよく分かりません。提案した株主本人からも補足発言はありませんでした。個人的には何の意図があって提案したのか聞きたかったところです。

 むしろJR東日本経営者側との対立軸は、2つ目の「取締役解任の件」「役員報酬減額の件」を共同提出した206名の株主との間に色濃く表れていました。

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 この株主らの主張する内容を聞いていますと、かつて国鉄の労働組合(国労など)で経営陣と激しく対立していた人々の一部ではないかと思われました。発言者の一人は、JR東日本が起こした信濃川からの不正取水事件に対し、株主代表訴訟を起こした一人だと明言。また「国鉄闘争を継承する会」の会長とみられる方も幾度か発言していました。総会冒頭から「動議!」と幾度も叫んで議事進行を止めようとしていたり、前方に詰め寄って疑義を叫んでいたりしたのも(写真左参照)、これらの関係者のようでした。

 彼らが主張する提案には、実現不可能な内容も多いように思われましたが、個人的にはなるほどな、と思うことも幾つかありました。
 たとえば、「信濃川からの不正取水事件を起こしたにも関わらず、責任を取らないのはおかしい」といったものや、「役員の報酬が高すぎる」といった主張もそうです。
 岩泉線がいつの間にか「廃止」されたことを踏まえ、気仙沼線などが鉄道で復旧されなくなる恐れがあるため、「余剰金をローカル線赤字補てんのために積み立てよ」という提案には「確かに!」と思ったりも。

 また、東北地方全域に導入された701系(ロングシート車)に対しての疑義が2回出てきて、こちらは思わず苦笑してしまいました。もう20年以上も経っているのに、未だに株主総会で話題にのぼるなんて、いかに嫌われている車両かということが分かりました。

 しかし、彼らが何を発言しようと、何かが変わることも、動くことはありません。彼らの言うことは完全少数派の意見でありすべて否決されています。(彼らは「賛成してるのは社員株主ばかりじゃないか!」と発言していましたが)

 株主総会を見て強く感じたのは、国鉄崩壊から25年を経ていても、ここにはまだ「国鉄」が残っているんだなということです。
 JR東日本の役員のほとんどは国鉄出身者ですし、その人々による経営方針に反発して大きな声を出しているのもまた国鉄出身者なのです。株主総会なのに、まるで当局と国労による労使交渉の場のようでした。

 ただ、双方ともに高齢化しているのは傍目からも明らかで、これらの国鉄関係者がJR東日本からいなくなったり、関わらなくなるだろう時はそう遠くありません。
 その時、総会も今とは違ったものになるのでしょうか。それはそれで、国鉄が完全に消えてしまうようで悲しい気もしました。

 若手駅員が2人並んで深く首を垂れ、「お疲れ様でした。JRをご利用ありがとうございます!」などと普段は見たことがないような丁寧な挨拶をする会場近くのJR駅の駅員を見ながら、そんなことを思ったのでした。